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2012.06.18

平出隆インタビュー:via wwalnutsをめぐって


 

これは2011年7月に東京・青山にあるSPIRAL RECORDSにおける『via wwalnuts』Exhibitionに先駆けて行なわれた、中山真理による詩人 平出隆へのインタビューの全文である。平出は作家活動の傍ら、2010年より自主出版レーベルvia wwalnutsをスタートさせ、わずか8ページのミニマルな叢書を独自の製本技法により制作、刊行している。

本テキストは『SPIRAL INFORMATION 2011 Summer』(ワコールアートセンター2011年7月刊)に掲載された。


「via wwalnuts をめぐって——平出 隆の美しく斬新な出版プロジェクト」

ある日帰宅して郵便受けを覗いたら、詩人から白い封筒が届いていたら?
想像するだけで心が浮き立つが、これは夢想ではなくて現実のことだ。ただ、白い封筒は偶然に届けられるわけではなく、受け取り手があらかじめネットでオーダーしておいたもの。この白い封筒は、平出隆さんがつくった小さな出版社 、via wwalnutsのホームページから申し込みをし、返信メールで知らされた口座へ銀行振り込みを済ませると郵便で送られてくる「本」なのだ。
封筒の表側にはタイトルと著者名が印刷されており、あて名シール、そして120円切手が貼られ、消印が押されている。裏側を見る。THのエンボスが押され、封緘シールにISBNコードとそのバーコード、定価が印刷されている。このコードは、封筒から取り出した、たった8ページの美しい本が、商業出版としてつくられていることの証しだ。ISBNコードをもつゆえに、この本はアマゾンでも販売されている。*1
メールアート作品ともいえる、人間の手の跡を感じさせる本が、版元からの直販と同時に、巨大なネット書店でも売られている――このギャップを知ったときは、ひさしぶりに胸がすく思いだった。開封すると、封筒の裏紙に使われている薄い紙のグレーの色と調和するように、グレーのインクで印刷されている本文タイトルが見える、そのエレガントな佇まいと、建築家のレム・コールハースが「雑誌ジャック」をするみたいにアマゾンを利用する、クールなしたたかさの両立に爽快感があるからだ。*2

平出さんが昨年秋にスタートさせた「via wwalnuts 叢書」は、この取材を行なった2011年6月15日の時点で7号が刊行されている。
第1回配本は小詩篇『雷滴 その拾遺』。初版第1刷は40部。完売したら少しずつ増刷し、第2刷30部、第2刷以降は各20部…と決められているが、すでに700部以上を刷ったという。「via wwalnuts 叢書」はどうやらしっかりと読者を獲得し、継続のための根を張り始めたと言えそうだ。
多摩美術大学の研究室を訪ねると、平出さんは学生たちの手をかりながら8号目を準備しているところだった。壁際に、E社のインクジェットプリンタが2台。ご自宅にも同じプリンタが何台かあるとのこと。まさに彼の机のまわりで、高級印刷機ではなくてコンパクトなプリンタで、印刷から製本までが行なわれているのだ。

時間の力、郵便の魅力

「本をつくることを遡ると、少年時代にいきつくんです。14歳の頃、自分で書いた短いエッセイを活字のように手書きして文庫サイズの表紙をつけ、パラフィン紙で包んだ装幀をしたことがあります。ものを書くことよりも本をつくるのが好きだったのかな」
via wwalnutsをスタートした背景を訊ねると、平出さんはそう語り始めた。
「雑誌をつくることもずっとやっていました。中学時代のガリ版刷りから始まって、高校のタイプ印刷、大学では活版印刷。デザインもやってきたわけですが、その都度問題にぶつかってきました。ひとつは流通の問題。当時は本屋さんに頼んで置いてもらうしかなかった。もうひとつは仲間の問題。そうして挫折を繰り返していくうちに、どこでひっかかるんだろう? と原因を見つめるようになります。何より大きなことは、イノベーションによって技術に段差ができること。たとえば数人でワープロ専用機でつくりはじめて、そのうちひとりがPCに移行した場合、原稿の入り方が違ってくるんですね。そうするとつまずく。現在のように電子的な環境がこなれるまでは、そういったつまずきがいくつもありました。また、出版社との関係もあります。彼らがもっている器と自分の書くものがますますあわなくなってきたんです。そういった背景があって、自分でできる電子環境が整ってきたと見定めた。この名前のもとで考えはじめたのは5年くらい前です」
5年というと、それなりに時間がかかっている。
「自分の力だけではできないということを、60歳にもなりますと、身にしみて感じます。勉強すべきことはたくさんあるのですけれど、何よりも、人間は時間から力をもらうほかない、と気づいたことが大きい。たとえば書き終えてから10年以上、本にできなかったことがあります。できない状態をつづけたことによって、時間差をつかったひとつのアイデアが生まれ、本にできる。ですから、時間の力を借りるという方法が身についている。漬け物みたいに漬けたり寝かしたりしてね。だからこのプロジェクトも相当、漬けていたことになります」
親しい友人からもらったドイツ製の封筒と出会って、漬け込んでいたアイデアがかたちを取り始めたのだという。
「1、2年手もとにおき、眺めて考えていました。もしこの封筒と出会っていなかったら、このかたちではなかったと思いますね。だから幸運もあります」
封筒から、メールアートとしても成立するかたちというアイデアが生まれたのだろうか。
「それだけではなくて、もっと根が深いというか。いちばんは、1995年に河原温さん*3について論じるため、彼について研究したことが大きな流れになっています。あとは、郵便には時差が必ずありますが、郵便の時間に対するコンプレックスが僕のなかにあるのかもしれない。取り返したくなるとか、なかなか投函できないとか、ポストの口が怖いとか(笑)、投函したらすべての運命が変わってしまうのではないか、とか」

「書くこと」の設計

「叢書」とは一定の形式に従って継続して刊行される出版物のことであるから、平出さんのこのシリーズの装幀にも決まったスタイルがある。判型は、……何と言ったらいいのだろう。A2サイズの紙の短辺を半分で切ると、横長の2枚の紙ができる。長辺を4等分し、開いたときに観音開きになるように折りたたむと、A5サイズの4ページの本が2冊できあがる。それぞれ中心の谷折りの部分に切り込みを入れて組み合わせるとできる、8ページの本(ホチキスなどで綴じていないから、壊れそうな感じもするのだが、意外と丈夫)。これが造本の基本構造だ。
「このスタイルはメニューなどをつくるためのデザイナー向けの本で見つけましたが、本のかたちになっているのは、あまり例がないと思います。どんどん書けるタイプではないので、8ページでやっていこうと見定めたのです。裏面にも刷ると都合16ページになります。6冊目の『門司ン子版 ボール遊びの詩学』では、そのようにして小学生たちの詩と絵を載せています。この綴じ方は、組みあわせていけば、実はいくらでも増やせるんですね。次号は私ではなく他の方が書いたものですが、20ページになる予定です。紙を薄くしてやってみようと*4」
紙は毎回同じ種類のもので、一般にラッピングペーパーとして使われることの多い、表面に光沢があり裏面がざらっとしている薄い紙だ。
「例外をつくってみようかと考えたこともありますが、結局変えない方がいい、となります。この紙でこの本というのが、一体になっているのだと思いますね」
777円という綺麗な並びの価格も、毎号変わらない。
「ちょうど去年の7月に、あるデザイナーと対談をしたんです。そのとき準備段階のものをお見せしたりするうち、「値段もデザインですね」という話になった。その後、彼らをも驚かせるような定価とは? と考え始め、740という数字が消費税を入れると777になる、そういうところもデザインしたというか(笑)。たとえば学生に手伝ってもらう製本作業を1部100円で頼んでいますが、高いか安いかはともかく、それで原価計算ができる。777円のなかに100円と切手の120円が入っている。封筒は最初70円だったのですが、まとめて購入することで60円に抑えるとか、細かい計算をしているわけです」
via wwalnutsという出版社の名前について。ウォルナッツが平出さんの代表作のひとつである詩集「胡桃の戦意のために」(思潮社、1982年)に由来することはわかるが、wがふたつあるのはどうしてなのだろう。
「検索にかけたときに一発で出てくるようにするため。とても実際的な理由です。もうひとつは、インターネットブラウザでwwwと入れ、さらにふたつのwがつづくと、5つのwになるのが面白いなという。こういう考え方が隅々にゆきわたっています。僕は優柔不断なので、ひとつの単位をつくりそれを増殖させていく必然をつくることで、流れが滞らないようにしているんです」
  こまごまとした質問を連ねてきたが、それは、平出さんが答えてくださった小さな考えのひとつひとつが「via wwalnuts 叢書」という本に反映され美しい均衡を成していることを示したかったからだ。そして言わずもがなではあるが、各号のテクスト(詩、講演録、授業録など)がどれも素晴らしい読書体験をもたらしてくれるものであり、via wwalnutsというかたちによって、それぞれがさらに世界を広げ新しい顔を見せているように感じられる。たとえば詩集で読むときよりも、ひとつの詩、ひとつの言葉に集中できる。
「そういった感想を聞くと、人間は五感でものをとらえるのだなあと思います。僕の詩はふつうだったら手にとっても投げ出されてしまいがちですが、これなら受け止めてくれているという感じがありますね。それはこの形態や質感からきていると思います。それが僕が求めていた伝わりかたでもあるわけです。意味を伝えようとしているわけではないですから」
エクリチュールというフランス語は文学では「書く行為」という意味だが、via wwalnutsは平出さんのエクリチュールとしての造本、エクリチュールとしての送達であると言えるかもしれない。
「要するに僕が物書きとしてどのように最後の時間を使うかという設計です。自分が書いたものに自分でかたちを与えたいという、生物としての本能のような設計をしたい。そのときに小さなしあわせが少しは欲しいけれど、世の中を驚かしてやろうとか、そういう目的はないんです」
謙虚な整理整頓ですと平出さんは言うが、書くことの可能性を拡げたこの整理整頓が、読むことのしあわせ(可能性とも言える)を拡げたのは必然なのだろう。
この7月7日、via wwalnutsを7冊収蔵するための(これもデザインだ!)函が発売された(定価777円)。函には切手と宛名シールが貼られて、そのまま投函される。
ある日帰宅して郵便受けを覗いたら、消印の押された空っぽの函が届いているとしたら――なんて素敵な1日だろう。



*1:アマゾンでの販売では、注文者には厚紙の梱包で届く。従って、消印や郵送によるわずかな汚れなどがない別装幀となる。

*2:コールハースはかつて雑誌の出版を企画したが頓挫、有名雑誌に自分たちの思想を掲載し伝播する「パラサイト作戦」を行ったことがある。

*3:制作日のみを描く「日付絵画」の他に、世界各地からの電報シリーズ、また特定の人に絵葉書を郵送するシリーズが有名。

4:三松幸雄による評論「08 螺旋・生・時間――河野道代『spira mirabilis』論」。「基本的には自分のテクストが中心で、ただ、自分に関わってくる重要なテクストはとりあげていきたい」と平出は語った。

『SPIRAL INFORMATION 2011 Summer』ワコールアートセンター 2011年7月掲載